第3話|『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 × ドメーヌ・シニャール フルーリー 2014
雪の下にあるもの
雪は、すべてを覆い隠す。
けれど同時に、
隠してきたものを浮かび上がらせもする。
マンチェスター・バイ・ザ・シーは、
赦しの物語ではない。
再生の物語でもない。
ただ、
「抱えたまま生きる」という選択を
静かに描いた映画だ。
主人公リーは、多くを語らない。
痛みは整理されず、
説明もされない。
それでも時間だけは、進んでいく。
すぐには開かないワインを
この夜に開けたいのは、
すぐに心を開かないワイン。
ドメーヌ・シニャール フルーリー キュヴェ・スペシアル ヴィエイユ・ヴィーニュ 2014。
フルーリー。
だが、軽やかな花の印象とは少し違う。
1915年に植えられた古い樹から生まれた、
キュヴェ・スペシアル。
小さな実。
凝縮した果皮。
時間をかけた熟成。
グラスの中の、静かな緊張
グラスに注ぐと、
わずかにオレンジを帯びた深い赤紫。
赤い果実のジャム、黒いドライイチジク、
レーズンブレッド、東洋のスパイス、
土やヨードの気配。
華やかさはある。
けれど、それは若さの光ではない。
口に含むと、ビロードのような滑らかさ。
しかし奥には、静かな緊張がある。
酸は凛と立ち、
タンニンは角を落としながらも、
確かにそこにいる。
それは、消えないもの。
抱えたまま、続いていく
リーは前を向かない。
過去は消えない。
それでも彼は、そこに居続ける。
このワインもまた、
10年の時間を抱えながら、
まだ終わらない。
乗り越えない。
忘れない。
ただ、続いていく。
二杯目の深さ
二杯目が、一杯目より深くなる夜。
それは感情がほどけたからではなく、
こちらが急がなくなったからだ。
雪の夜は、
理解しなくていい。
救いを求めなくていい。
時間の中に、
グラスを置いてみる。
わずかな苦味が、
静かな意志のように残る。
それで、十分だ。